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一首評(No1)
  ゆきなやむ牛のあゆみに立つ塵の風さへあつき夏のを車  藤原定家

 新古今勉強会からの一首。これは新古今時代どころか、和歌史の中でも特に異色の一首である。「韻歌百廿八首和歌」という遊びの要素が大きい作品群の中で、「車」の文字を末尾に付けるという制約を設けられた作歌であった。

 制約の中の作歌は、しばしば意外な一首を生むということは現代の我々の経験にもあるかもしれないが、この「砂塵舞う都大路を、牛車で行く夏」という作中世界は、まさにその代表例である。このような描写は、天地開闢以来誰一人としてやっていなかったはずである。

 当時、和歌に詠まれる情景は美しいものでなければならなかった。『新古今集』の夏の部を見てみても、テーマは涼しき夏衣に始まり、ほととぎすが鳴き五月雨、花橘が香って夏が暮れていくというものだ。

 そんな時代に、定家は大胆にも「暑き牛車」を和歌にする。今まで誰も着目しなかった、美しくもなく、涼しくもないものを歌に詠みこむというのは、生半可なことではない。
今日の現代人からすれば、なんということはない、雅な生活を表現していると思われるかもしれない一首だが、当時の貴族たちからすれば、暑い夏などを歌にしたこれはまさに「ありえない」一首であったはずである。

 しかし、和歌で表現できる世界を大きく拡大したこの一首は、残念ながら和歌史を変えることはなかった。変えることなく今日に伝わり、我々をつかのま瞠目させるのみである。
 我々にとって、歌で表現できる世界はどこまでなのか。無意識のうちに、表現の枠から切り捨ててしまっている世界はないだろうか。
後鳥羽院歌壇の華々しい革新運動の裏で、静かになされたこの世界の拡大を、皆様にもぜひ記憶していただきたい。

 参考文献:久保田淳 『藤原定家』 ちくま文芸文庫 一九九四年一二月
                                                     文責・大塚
藤原定家 (ちくま学芸文庫)藤原定家 (ちくま学芸文庫)
(1994/12)
久保田 淳

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コメント
勉強会、たいへんお疲れさまでした。面白かったです。
そして、「1首評企画」切り込み隊長ありがとう!
す、すごい…。

葉つき生姜たばねて持てるその人を定家と思い見ており夢で
                      (安藤美保 『水の粒子』)

読んでいた歌集にたまたま出てきて、
何だか嬉しくなってしまったので引いてみました。

はい、それだけです(爆)。
全く意味のないコメントですみません。
何か問題があったら削除します…。
たぐち[URL] 2008/09/19(金) 01:35 [編集]

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