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一首評(No.13)
陶製のソープディッシュに湯は流れもう祈らない数々のこと(服部真里子『行け広野へと』)

ソープディッシュにも様々なデザインのものがあり、どういったものを連想するかで意味がかなり変わってしまうけれど、僕はこの歌に触れた瞬間に、ソープの真下の位置に小さな穴がポツポツと空いているものを思い浮かべた。お湯で溶けかけのソープ、本来の形状を保てなくなったソープ、そしてソープの混じった濁ったお湯は排水溝になすすべもなく吸い込まれてゆく。それはどれだけ切実に願っても叶わず、祈る気力の結晶が強さを失っていく虚しさに繋がるイメージを含んでいる。表に出ない祈りは成就しないし、表に出た祈りはいつか小さくなって消えていくに違いない。わたしたちの背中にいつのまにかびっしりと貼り付いた小さな穴が、祈らなかった数々のことを吸い込んでゆく。目の前をただただ通りすぎてゆくお湯、それを呆然と眺めるだけになったのはいつからだろうか?

文責:綾門優季
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