早稲田短歌会の公式HPです。
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一首評(No.4)
風速を平均したら4ノット もらった梨と買ってきた梨 (土岐友浩)

 ◆

早稲田短歌会の4人(瀬戸夏子・平岡直子・望月裕二郎・服部真里子)と、京大短歌会の2人(土岐友浩・吉岡太朗)によって創刊された同人誌、『町』から引いた。「by moonlight」と題された、10首連作の2首目の歌である。

まず上句で、この作中主体は「風速」というものをごくあっさりと「平均し」てしまう。「風速(ふうそく)」「平均(へいきん)」の長音に似た音(厳密には長音とは呼べないだろう)の少し軽い感じや、「平均したら」の「た」音のぺったりとした感じ、そして「4ノット(よんのっと)」というオ行音・「ん」音・促音で構成されるどこか間の抜けた音とリズムが、作中主体の「平均」するという行為を「ごくあっさりと」したものに見せるのに貢献しているように思われる。

「平均し」た結果、その「風速」は「4ノット」という穏やかな値をとる。「4ノット」の穏やかな風を感知するのは、作中主体の肌だ。肌、即ち「自己と世界との境目であるもの」が感じるはずの風を「平均し」、ひとつひとつの風の微差にはあっさりと目を瞑ってしまうことによって、この作中主体を取り巻く世界は、どこまでも「フラット化」される。

平均4ノットの穏やかな風が吹く、「フラット化」された世界に登場するのは、「もらった梨と買ってきた梨」というふたつの「梨」である。イメージ的には、梨がふたつころん、ころんと並んでいる状態だ。「もらった」「買ってきた(かってきた)」というカタカタした韻律も手伝ってだろうか、非常にかわいらしい。
しかし、一見何でもない平凡な図であるようなのだが、考えているうちにだんだん「この世界はどこかおかしいのではないだろうか」という気分にもなってくる。そのような静物画的な魅力も、この下句は備えていると言っても良いだろう。

このふたつの「梨」に対して、作中主体は、ただひたすらに穏やかで静かな視線を向けているように思える。傍から見れば大差ないようなふたつの「梨」であるのだが、誰かから「もらった梨」と、自ら選び取って「買ってきた梨」とは、作中主体にとっては全く別個の存在であるようだ。全く別個の存在ではあるのだが、そのいずれもが、彼(とは限らないが、便宜上「彼」としておく)にとって大切なものであるように感じられる。大切なものであるからこそ、彼は穏やかで静かな視線をそれらに向け、それらの「微差」(「もらった」/「買ってきた」)を認めているのであろう。

ふたつの「梨」の「微差」を認めるという下句における作中主体の態度は、「風速」をあっさり「平均し」てしまう上句の態度とは、少々異なるものだと思う。それは、上句・下句それぞれで、作中主体が向き合っているものが異なるからなのであろう。
上句において、作中主体は世界に向き合っている。その世界に対して、作中主体は「風速を平均」するという処理を行う。前述の通り、世界を「フラット化」しているのである。下句において、作中主体が向き合っているのはふたつの「梨」、すなわち彼にとっての「大切なもの」だ。それらに対しては、彼は穏やかで静かな視線を注ぎ、「微差」までをしっかりと感知する。

このように考えると、自己の認識によって「フラット化」された世界において、自分にとっての「大切なもの」に対しては穏やかで静かな視線を注ぎ、その「微差」までもを確かに認めるという、作中主体の姿が浮かび上がってはこないだろうか。

しかし、同時に考えておきたいのは、この作中主体による世界の「フラット化」が、決して悪意に基づいている訳ではないように思われる点である。ここで言う「フラット化」とは、世界に対しても穏やかで静かな視線を向けている、と言い換えても良いだろう。その視線は、ふたつの「梨」に向けられるものとはほぼ同質のもので、違いは「微差」を認めるか否かという一点である。
とは言え、世界に対して「微差」を認めないのも、決して作中主体の世界に対する抵抗などではないように思える。作中主体のそのような世界に対する態度も、ふたつの「梨」に「微差」を認める態度と同じように、どこまでも自然体であるように見えるのだ。
おそらくは、「平均」するという行為がごくあっさりとしていて、何となく穏やかな手つきに感じられるからだとは思うが、このような世界に対する処理に悪意がほとんど感じられないのは、現代短歌においてはかなり珍しいケースなのではなかろうか。

――と、くどくどと説明してきた後にこんなことを言うのもおかしいが、穏やかな「風」のイメージと、ふたつの「梨」のイメージを重ね合わせるだけでも、シンプルに十分魅力的な歌なのではなかろうか、とも思う。寧ろ、こうやって筋道を立ててきっちり読もうとするよりも、前述した「この世界はどこかおかしいのではないか」と思わせるような、静物画的な魅力を味わうほうが、より適切な鑑賞だったのかもしれない。

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*掲出歌を含む、同人誌『町』
 http://000machi000.blog42.fc2.com/
 →迫力もボリュームも満点の、何度読んでも読み飽きない1冊。
  学生短歌会の精髄とも言える、
  きらきら(…と言うよりぎらぎら?)した魅力とパワーに溢れています。
  ぜひご一読を。

*掲出歌の作者・土岐友浩氏のWeb歌集「Blueberry Field」
 http://www.blueberry-field.com/
 →遊び心満載の、とても美しいWeb歌集です。

(文責:田口綾子)
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月間予定:2009年7月
 7月
3日(金)歌会
下旬:納会

7月は期末ですので、活動少なめです。
ご質問等ございましたら【wasedatanka●yahoo.co.jp】までお願いします。
文責・大塚
6/26 歌会のお知らせ
こんばんわ、ビタミン不足を自覚しつつある坪井から歌会のお知らせです。

とき:6月26日 18時半~
ところ:E714 (人数によっては7限からE239)

詠草は18時までにお名前とビタミンを添えてabeh□toki.waseda.jp (□→@)までどうぞ。
初司会なのでいたらない点も多々あると思いますが、皆様のご参加お待ちしています。
6/28(日)「たばこと塩の博物館」吟行会のお知らせ
皆様こんばんは。長森です。レポート雪崩に遭っております。いや、レポートはいいんだ、発表が嫌なんだ。

さてさて、吟行会の日程が近づいております。決まりましたよ、吟行先。渋谷の「たばこと塩の博物館」です!そして「はなまるうどんで1000円使う会」も同時開催です!俺はやらないけど。うどんが嫌な人は隣のミスタードーナッツのきれいなお店へどうぞ。ここのドーナッツはおいしいよ。うどん・ドーナッツを食べながら歌を作ります。文句は言わせません。今回は詠みやすさ重視でなるべく要素が多くなるように計画しました。博物館では「イラストレーター170人が描く『わたしの句読点』」なるものも催されています。題には困らないはずです。あ、吟行のみ歌会のみの参加もOKです。吟行のみの場合は詠草を、歌会のみの場合は想像力を働かせて吟行に行ったつもりの歌を出しましょう。


当日のスケジュールを確認します。

6月28日(日)

12時 JR渋谷駅ハチ公改札前付近集合

15時 たばこと塩の博物館出発

16時 はなまるうどん出発

17時 早稲田着

18時 歌会開始


費用としては

博物館 100円
お茶代 ???円
交通費 160円

と非常にリーズナブルになっております。

特に予約が必要な物ではないので、当日飛び入り、当日飛び降りも可ですが、人数を把握しておきたいので、上記以外で参加する人は長森携帯 akkenai..sokkenai..katajikenai●docomo.ne.jp (●→@)まで前日土曜日までに連絡をください。

以上、よろしくお願いします。
こんにちは、千歳でございます。6月も半ばとなりました。季節も梅雨に入り、先日群馬では雹が、埼玉ではおたまじゃくしが降ったそうでございます。また、近々大学ではレ○ートの嵐も降りますとか・・・。

そんな中でございますが、歌会です。そして、な、なんと、司会が千歳です。否、千歳が司会です。どっちでもいいですね。以下概要です(と打ったら、烏賊が異様です、と出ました)。

日時:06/22(月)18:30~
場所:E714
詠草:18時までにrrchitose●yahoo.co.jpまでお願いいたします。

詠草なしでの参加も、詠草のみでの参加も歓迎いたします。場所については、毎回月曜に行われる歌会は人数が少ないので、この際、ということでデフォルトで部室、としてしまいました。「それは、まずいぞ千歳君。・・・あの部室には、実は(後略)」など、以上の概略に対してご意見等あらせられれば、千歳の携帯(メール版にアドレスを載せます)までお願いいたします。

では、皆様のご参加をお待ちしております。
一首評(№3)
  借りた詩集二冊かかへて逢ひにゆく街は一神教のざわめき  
                                   (魚村晋太郎『花柄』)

「冬虹」と題された一連から。
連作中の季節から、おそらく一神教とはキリスト教であろう。
クリスマスに賑わう街に、借りていた詩集を返すために出て行く。
想像すると、いささか詩集が効きすぎているとすら思ってしまう相聞のシチュエーションだが、そこには決して往来のクリスマスツリーのような過剰装飾の恥ずかしさはない。

例えば二冊の詩集。
二冊という具体的な数詞の中には、個人的な背景が感じられ、読者の注意を惹きつける。また、街のざわめきが一神教のものであるのに対し、主体が二冊の詩集を携えてその中にいる、というのも集団と個人の対比として秀逸である。

きっと二冊の詩集は持ち主のセンスの良さが表れているような、美しい書物なのだろう。そんな気さえしてくる。逆に、文庫の翻訳物だとしても雰囲気はなかなかだが、抱える、という動作の大きさからするとその読みは少々難があるか。

詩集への邪推はさておき、この一首はなにより一神教のざわめき、という言い回しが面白い。
一神教というちょっと物物しい宗教用語に、クリスマスに浮かれている巷から少し距離を置いた視線が現われている。しかし別に変に醒めているわけではない。あくまではしゃぎすぎていない、というだけのことだ。街全体を包む華やかさの中で、主体の個人的な目的も、それに向かう感情もまた確かに華やかなものになってゆくのだ。

一様な街のざわめきのなかを、自分の目的、自分の幸いを静かに感じて足を進める。君に返す詩集を二冊抱えて。


魚村晋太郎の歌にはこのようなものもある。

 花束を濡らさぬやうに足早にゆくはなやいだ方を地に向けて
                                    (同)

こちらも幸せな、しかもそれを声高には言わない良い歌である。
足早に、だが決して走ることはしない。
これが大人の余裕であろうか。

文責・吉田恭大


花柄(魚村晋太郎歌集)花柄(魚村晋太郎歌集)
(2007/12)
魚村 晋太郎

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6/16 歌会のお知らせ
安田より歌会のお知らせです。

日時:6/16(火) 18:30~

場所:E942

詠草に名前を書き添えて当日18:00迄に
farewell_kingdom●asagi.waseda.jp
へどうぞ。

遅刻早退詠草オンリー、全てOKだと思われます。
皆様こぞってご参加下さいませ。
歌会のお知らせ
藤森です。どきどきしつつ、はじめての歌会の告知をします。

日時:6月12日(金)18:30~
場所:W503(人数が少なかったらE714にします)

詠草は当日18:00までに、polkarin_dot●yahoo.co.jpに送ってください。
では、みなさま是非いらしてくださいね!
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