早稲田短歌会の公式HPです。
  • 09«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »10
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
一首評(No.13)
陶製のソープディッシュに湯は流れもう祈らない数々のこと(服部真里子『行け広野へと』)

ソープディッシュにも様々なデザインのものがあり、どういったものを連想するかで意味がかなり変わってしまうけれど、僕はこの歌に触れた瞬間に、ソープの真下の位置に小さな穴がポツポツと空いているものを思い浮かべた。お湯で溶けかけのソープ、本来の形状を保てなくなったソープ、そしてソープの混じった濁ったお湯は排水溝になすすべもなく吸い込まれてゆく。それはどれだけ切実に願っても叶わず、祈る気力の結晶が強さを失っていく虚しさに繋がるイメージを含んでいる。表に出ない祈りは成就しないし、表に出た祈りはいつか小さくなって消えていくに違いない。わたしたちの背中にいつのまにかびっしりと貼り付いた小さな穴が、祈らなかった数々のことを吸い込んでゆく。目の前をただただ通りすぎてゆくお湯、それを呆然と眺めるだけになったのはいつからだろうか?

文責:綾門優季
スポンサーサイト
一首評(No.12)
みんなみんな想像以上に真面目だしピュアだけど台風の日の暗渠
                                    五島諭『緑の祠』


 ある瞬間、人の底意に気づいてしまうことや、物事の裏側にひそむ事実を悟ってしまうことが、どんな人にでもある。日常生活全般の普遍的な真理という言い方は大げさかもしれないけれど、誰もがこういう場合にはこういうことを考えていて、きっとこういう風に行動するに違いない。そういった気づきは、生活の何気ない場面で心に降りてくるものだ。
 掲出歌初句の「みんなみんな」というリフレインは、ふいに口をついて出てしまったかのような、あるいはふと心に浮かんだかのような印象を、歌全体に与える。作中主体は、突如脳裏をよぎった確信によって、それまでの考えを更新させられる。
 自分が思っていたよりも、実際はもっと真面目でもっと純粋な人々。どのようなきっかけで、作中主体の「想像力」がほころび、広がったのか。歌のなかには書かれていない。ただ、身近な人のポジティブな側面を垣間見て、自身の人間観に、驟雨の終わりのような一筋の日が射しこんだのは確かだ。
 しかし、四句目の「だけど」という逆接が、その明るい気づきに留保を与える。
 台風の日の暗渠。
 四句目までの、人間の性質への具体的な言及から離れて、ある光景が急に現れる。それは、濁流によって轟々と音をたて、強く雨が降りそそぐ川面を厳然と吸いこむ、ひとつの暗闇だ。
「みんな」に対してある価値観を抱くと、まるで影が射すかのように、暗闇が脳裏に浮かぶ。「真面目」「ピュア」などの特徴では言い表せない凝縮されたイメージ、暗渠という暗がりである。押し広げられた「想像力」のさらに外側に、作中主体は言語化できない何かを感じ取っている。
「想像以上に」という言及は、作中主体が自身の「想像力」を把握していることの証拠だ。もしかすると、「みんな」の暗く漠然とした部分についても言葉として捉えようとしていて、その内実に薄々気づいているのかもしれない。「だけど」という逆接に「だけど(やっぱり)」という嘆息が含まれているようにも思えてくる。
 他人の内実への想像は、自分自身への想像でもある。仮に自分自身が空虚であれば、自然と他人の空虚さも増す。
 嵐によって激しくうなっている暗渠の入口。その内部、平面的な暗闇のさらに奥。暗渠自体の空洞の存在を、「みんな」という個別化できない他者に対して感じたのだと、考えることもできるのだ。

目をこらす一瞬ぼくの奥行きが半分ほどになる夏の暮れ

 同歌集収録のこの歌でも、人間を(掲出歌とは違い、抽象的ではあるものの)奥行きという一種の空洞として捉えている。ところが二つの歌を比べると、自身の空洞については奥行きを把握できているが、他人の空洞に対しては、入口の奥に広がる暗がりに「想像力」を働かせるのみである。
 そのなかに何があるのか分からない。どんなものを引き寄せてもいい。
 あらゆる可能性が、暗がりに含まれている。


参考
五島諭『緑の祠』(書肆侃侃房、2013年)
大塚誠也「さりげない「作者」の存在 ―五島諭論」(『早稲田短歌』三十九号、2010年)
服部真里子「「どの歌が好き?」と訊かれたら」(短歌同人誌『一角』、2013年)
平岡直子「シュノーケルの記憶」(短歌同人誌『一角』、2013年)


(文責:永井亘)


一首評(No.11)
 生きてゆくことより生きてゐることは怖れに似たりジャスミン茶飲む(栗木京子)


 「生きてゆくこと」、それはいま・ここから未来へと向かって自身を運んでゆくということだ。先行き不安、なんていうことばをよく耳にする。それは先「行き」すなわちこの先の未来へと「(生きて)ゆく」ことに対して人が抱いてしまう不安。いま・ここの世界からは、先行きという名前だけが付けられた未来への道行きをとらえることはまず無理で、たとえ見えたとしてもそれはぼんやりとしたものにすぎない。未来への展望、なんて言うこともあるけれども、やはりそこに確かなものなど何にひとつない。先の見えない道をゆかなければならない。そのことから不安が、おそれが生まれてくるものだ。
 対して、「生きてゐること」、それは自身がまさにいま・ここに存在して「ゐる」ということ。主体は、そちらのほうがむしろ怖れに似るという。はじめてこの一首を読んだとき、ひどく違和感をおぼえた。ふたつの「こと」の関係は逆さまなのではないか、「生きてゐること」よりも「生きてゆくこと」のほうが余程おそるべきことなのではないか、と。この主体は、どうしていま・ここに存在していることを怖れるのだろうか。いま・ここにいる自身の存在は、主体にとってもっともはっきりしているものではないか。
 しばらく考えて思い至った。いま・ここに自身が存在していることに対する怖れ。それはもしや、いま・ここという世界がもっともはっきりしているものだからこそ生まれてくる怖れなのかもしれない。主体にはいま・ここという世界ははっきりと見えている。しかしそこには自身のちからではどうすることもできないものごとが満ちている。そんないま・ここという世界にどうしようもなく存在している自身。その状態が主体にとっておそるべきことだということなのではないか。
 そして最後に主体はジャスミン茶を飲む。中国から渡ってきたこのお茶は、茉莉花の香りが特徴的で、覚醒作用やリラックス作用といった効能をもたらすという。そして中華料理などの脂分のおおい食事の後に飲むと、口の中をさっぱりとさせてくれる、そういうお茶だ。自身ではどうすることもできないいま・ここに「生きてゐること」という怖れ。ジャスミン茶によってそれを飲み下してしまう、というわけではないけれど、お茶を口にして、ひと息つく。そして、席をあとにした主体はふたたび、いま・ここから未来へと「生きてゆく」のだろう。
 いま・ここに「生きてゐること」は、自身ではどうすることもできない。しかし、いま・ここから「生きてゆくこと」はきっとそうではない。先の見えない不確かな未来は、不確かであるがゆえに、自身の働きかけによって少しずつでも変化させていくことができる可能性をもっている。だからこそ、「生きてゆくこと」には、たしかに希望もある。


参考:現代短歌文庫38『栗木京子歌集』(砂子屋書房・二〇〇一年)

文責:山階 基
一首評(No.10)
 わが体(からだ)なくなるときにこの眼鏡はどこに置かれるのだろう (高瀬一誌)

 
 実は、人間の肉体よりも眼鏡のほうが耐久性が高い。生命機能を停止させた人間の肉体はすなわち死体となり、自然による腐食を免れることはできない。そして、日本人に限っていえば、ほとんどの死体は火葬されて消滅する。そのとき「わが体」は、この世界から「なくなる」。だが、私の眼鏡は私の肉体ではないから、私の死と同時に腐食を始めることはない。つまり、「わが体」は眼鏡を残して、「なくなる」のだ。
 残される「この眼鏡」が問題である。私は、私がいずれ死ぬことを、さらに「わが体」が最終的に「なくなる」ことを知っている。二句目までの定型には諦観がある。しかし、「この眼鏡」のこととなると、私は途端に不安になる。第三句をすっとばして九音八音と詠みきってしまう韻律は冷静とはいえまい。私は私であるうちに死ぬ。私の肉体は慣例的に焼かれて消えるだろう。では「この眼鏡」はどうなるのかという思案に至り、私はこれに関われないことに気づいて不安になる。
 この不安が生きる私を苛む。死そのものの不安ではなく、自分の関わりを断たれた世界への不安である。だから、人は死ぬ前に遺言を残すのではないか。遺言は、死んでなお私が世界に関われる唯一の手段だ。私のいない世界に、私の遺志が関わり始める。しかし、遺言は生きた人間を媒介せずには機能しない。私の遺志を行為へと移してくれる者は、私が生きているうちに選ばれなければならない。しかし遺言を託せる者は、私にとって可能性として見出されるに過ぎない。当然だが、遺言が正しく機能するかどうかは、そのとき死んでいる私には見ることも聞くことも叶わないからだ。だから、遺言とは賭けである。遺言を託す者へ、私は全面的信頼を与える。そして、挑むに足るほど、私は私が残した世界に、私にあたうかぎりの関わりを持ちたいという欲望とは強いものだ。
 この一首には遺言の要素が含まれている。なぜなら、「この眼鏡」は「置かれる」からだ。つまり私は、私という所有者を失った「この眼鏡」を、あるべき場所に落ち着かせてくれる誰かに、賭けている。「この眼鏡」を置く動作主は、まさに動作するまで匿名なのだが、私はまずもって〈眼鏡を置く者〉を選んだのだ。
 この一首は「眼鏡」でなければならない。眼鏡は、その所有者が死ぬとき、同時に世界で最も正しいその使用者を失うからである。また、眼鏡が資産的価値を有することはまずないし、あるとしても極めて例外的だろう。ならば、交換価値も使用価値もない遺物を、わざわざどこかに置こうとする者の意図とは何か。それは、死んだ者を偲ぶためだ。だから、〈眼鏡を置く者〉とは同時に〈私を偲ぶ者〉である。〈眼鏡を置く者〉を見出した私に、〈私を偲ぶ者〉が見出される。〈私を偲ぶ者〉は、〈眼鏡を置く者〉になったときに、私の信頼を受け取る。私は彼に賭けている。私より少しでも長生きしてくれて、私の遺志に気付いてくれることを切望して。
 私はきっと、悔いを残し、仕事を残し、大切な人を残して死ぬのだが、私が残す眼鏡を、どこかに確かに置いてくれる者がいるとするならば、生きる私の不安はわずかなりとも軽減されるだろう。私を偲んでくれるその人は、眼鏡を「どこに」置いてくれるのだろうか。他ならぬその人なら、正しい置き場所を知っているはずだ。


参考、『高瀬一誌全歌集』(短歌人会、2005年)

文責・中川治輝
一首評(No.9)
  硝子器のひびを愛すとあざやかに書けばいつしか秋となりゐる (杉原一司「あくびする花」)

 東京での初めての夏が終わり、いつの間にか秋が過ぎ、ぽっかりと冬になってしまった。
 杉原一司のこの歌は、そういった季節の終始を劇的に詠ったものではない。

 「硝子器」とはそのまま、ガラスのうつわのことだろう。華美なカットグラスだろうか。シンプルなガラスのコップだろうか。捉えられるイメージは感傷に伴い、読み手によって異なってくるのではないだろうか。
 そこにひとすじの「ひび」が入っている。「愛す」という表現から、決定的な傷というよりかは、作者だけが知っている、あるいは気づいている、微細なもののように思える。 
 ガラスの器にあるひびを愛する、とあざやかに書く。シミリーではなく、直接的に「書けば」と詠い切ってしまっている。「あざやかに書」かれるのは読み手の目前に現れる透明な一枚の紙の上になのか、あるいは「硝子器」自体になのか。
 一連の行為はとてもポエティックで、まさに硝子のひびのような感傷と、書きあげる筆のつよさを感じる。

 そしてストーリーをまとめあげる結句で、「いつしか秋となりゐる」と大胆に述べている。前後の関連性はこれといってないのに、歌の流れに不自然さを感じさせない。
 前衛短歌運動以前、戦後直後の当時にこのような「詩的飛躍」を含む歌を発表することは、杉原の表現する意志のつよさを感じることもできるが、実験要素も多かったのだろう。彼から多大な影響を受けたとする本邦雄は著書『定型幻視論』の中で、「杉原のうたはすべて実験の域を脱していない」と述べている。
 またこの歌に関しては「『詩と詩論』や“新感覚派”からの遠い間接遺伝が見られる」と解釈している。
 
 杉原は二十三歳という若さでこの世を去る。本らと短歌同人誌「メトード」を創刊するも、彼の死とともにその活動は終わる。(本邦雄は生涯を通して杉原を信頼し尊敬し続け、彼の処女歌集『水葬物語』の扉には「亡き友 杉原一司に獻ず」の一文がある。)
 「硝子器のひび」の「ひび」は、もしかしたら「日々」との掛けことばだったのではないか。そんなことをも考えさせる危うい青春性が、杉原の歌の特徴のひとつでもある。

 ことばの間から秋陽が洩れ出ているような、なんて耽美的な哀愁と、やさしいつよさに満ちた歌なのだろう。

参考 『現代短歌大系11 新人賞作品・夭折歌人集・現代新鋭集』(三一書房・一九七三年)

(文責・井上法子)

Copyright © 2017 早稲田短歌会. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。